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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)4510号 判決

原告

佐藤十四郎

右訴訟代理人

木村晋介

被告

森新一郎

被告

森孫

右両名訴訟代理人

関根俊太郎

外五名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一事故の発生

昭和四四年一月六日午後被告森新一郎の運転する乗用車が原告の運転する自転車と衝突し原告が負傷したことは、当事者間に争いがない。

二原告の傷病

まず、本件事故後における原告の傷病・診療状況について検討することとする。

〈証拠〉によれば、次のとおりの事実が認められる。

1  内田病院通院

原告は、昭和四四年一月九日から同月二五日まで右大腿、右下腿打撲症により千葉県市原市内田病院に通院治療した。(治療実日数一〇日)。症状としては、右大腿外側、右下腿脚側の疼痛、腫張、皮下出血があり、歩行、体動により疼痛が増強したが、骨のエツクス線検査では異常は認められず、安静加療により症状軽減し、同年二月二八日治ゆ見込と診断された。

2  巣鴨診療所

原告は、昭和四四年一月一六月から同年二月八日まで外傷性膝関節炎、外傷性ノイローゼにより東京都豊島区巣鴨診療所に通院治療した(治療実日数八日)。症状としては、関節水腫、運動制限等は認められず、多発性神経炎愁訴が認められ、レントゲン線診断は不要で、電気療法で軽快するものと診断された。

3  長汐病院通院

原告は、昭和四四年二月一三日右膝、足関節捻挫、関節の運動痛により東京都豊島区長汐病院に通院し、レントゲン線所見は正常であつた。

4  館岡医師通院

原告は、昭和四四年二月一七日から同年三月一七日まで右足関節、膝関節、腰椎、頸椎捻挫により東京都北区館岡敏雄医師に通院治療した(治療実日数一八日)。症状としては各部位ともに疼痛があり温庵法、電気治療等を継続し、経過良好であつたが、多少の疼痛が消散するに至らなかつた。

5  直居診療所

原告は、昭和四四年二月一九日東京都文京区脳波クリニツク直居診療所に通院し、脳波検査では異常所見がみられなかつた。

6  鬼子母神病院通院

原告は、昭和四四年三月一八日から同年八月一五日まで頭部外傷による記銘力低下、腰痛等を訴えて東京都豊島区健康文化会鬼子母神病院脳神経外科に通院治療した(診療実日数八〇日)。頭部外傷に関しては他覚所見はなく、頭蓋エツクス線検査、超音波検査、眼底検査、脳波検査、神経学的検査の結果はいずれも正常であつた。

7  関東逓信病院通院

原告は、昭和四四年五月二〇日から同年一〇月一四日まで腰椎捻挫後腰痛症により関東逓信病院整形外科に通院した(治療実日数三日)。

8  国立東京第二病院通院

原告は、昭和四四年八月二二日から同四六年一〇月二三日まで変形性背椎症、頭部外傷後遺症により国立東京第二病院に通院治療した(治療実日数四三日)。頭部外傷後遺症の自覚症状として、頭痛、めまい、物忘れ、思考力低下、精神的に疲労し易いこと、不眠等があつたが、頭蓋骨エツクス線写真、脳波上特記所見は認められなかつた。

9  井之頭病院入・通院

原告は、昭和四六年一〇月二七日から同四七年一月二七日まで九〇日間精神分裂病の疑いにより東京都三鷹市井之頭病院に入院し、退院後も同年二月一日から同年三月二八日まで同病院に通院した(診療実日数五日)。

10  東京慈恵医科大学附属病院通院

原告は、昭和四七年四月七日から同四九年七月三一日まで頭部外傷後遣症、心因反応により東京慈恵医科大学附属病院に通院した(診療実日数七〇日)。同病院において昭和四七年四月九日には分裂症の疑いは考えられないが神経症の疑いはあるとの診断を受けている。

ところで、原告は、国立東京第二病院において、脳外科受診の結果他覚的な所見がないため、昭和四四年九月ないし一〇月精神科で受診した。同科においては、当初は頭痛物忘れ等神経症様の愁訴を主訴としていたが、昭和四五年八月に至つて被害妄想的な言動、幻聴を思わせる言動等の精神症状、すなわち精神分裂病を思わせる症状を示すようになつた。ところが、原告が前記井之頭病院退院後昭和四七年一月末ないし二月国立東京第二病院精神科で受診した際には右のような精神症状はみられなくなつていた。原告にみられた前記精神分裂病を思わせる症状は、精神的な原因による一過性のもので、精神分裂性反応であつたものとみることができる。外傷が精神分裂病を誘発するとする考え方もあり、原告の精神分裂性反応も外傷に伴ういろいろな精神的要素と無縁・無関係であるということはできないように考えられる。

以上のとおり認められ、この事実によれば、原告の昭和四五年八月以降の精神分裂性反応ないし精神分裂病の疑いは、本件事故と無縁であるということはできないようではあるが、未だ本件事故と相当因果関係のあるものであると断ずることはできない。

三示談

〈証拠〉によれば、次のとおりの事実が認められる。

原告告は、本件事故後の昭和四四年一月一〇日ごろ旧知のA弁護士に電話で本件事故に関して相談し、同月二〇月ごろ同弁護士方を訪れて本件損害賠償請求を委任し、同弁護士は同月二〇日付で被告森新一郎に対し合計二〇万三四二二円の損害賠償請求を行つた。同年三月一三日原告代理人A弁護士は、被告森新一郎との間で、被告森新一郎は、原告に対し、同人が先に支払つた治療費金一万五〇三三円を除外し、その他の治療費、休業補償費、慰藉料その他の一切の損害に対し金二二万円を昭和四四年三月一五日同弁士に支払う旨の示談が成立した。そして、同月一四日被告森から同弁護士宛に電信為替で金二二万〇六二五円の送金がなされた。ところが、原告はその後同月二〇日過ぎから右示談に不満を示すようになり、頭部外傷を訴えたため、弁護弁士は被告森新一郎との間に再度交渉に入り、結局、同月三〇日次のような内容の示談が成立し、原告、被告森新一郎及び立会人弁護士Aの三名が署名押印した。『一金三一万八七五〇円也。

頭書の金員を以つて私達の交通事故に基く損害賠償事件の示談金と致します。

右示談の内容は、

期間 昭和四四年一月六日より同年四月三〇日迄

範囲 給与(但し必要経費一五パーセントは控除)治療費金額五〇〇〇円(但し内田病院のみ別途支出)

慰藉料

交通費

その余(電話費等)は免除

特約 後遺症発生したる場合は森氏負担なお森氏は佐藤氏に既に金二二万円也を支払済みであるので、残金九万九八五〇円也の支払時期を、本件交通事故の保険金給付の時期(但し手続上、金額の領収書は予め交付することを当事者双方承認する。)とする。

以上円満完全に合意する。』

右の昭和四四年三月三〇日付の示談で被告森新一郎が改めて支払うこととされた金九万八七五〇円は保険金から支払われることを条件とするもので、その後保険金からの支払はなされていない。

以上のとおり認められ、右昭和四四年三月三〇日付の示談がA弁護士及び被告森新一郎の強迫による旨の原告の主張については、これに副う原告本人尋問の結果は前記示談成立までの経緯に照しにわかに措信することができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

従つて、原告と被告森新一郎との間には前記内容の示談が成立したものということができる。

(なお、原告と被告森孫との間に本件事故に関し和解が成立したことを認めるに足りる証拠はない。)

原告と被告森新一郎との和解が成立した昭和四四年三月三〇日には、原告は既に頭部外傷による記銘力低下等を訴えて鬼子母神病院に通院していたものであり、他方原告の精神分裂病の疑いないし精神分裂性反応は前記のとおり本件事故と相当因果関係があるものとみることはできないところであるから、原告には右示談にいう後遺症の発生は認められない。

四時効

前記のとおり、原告は、昭和四四年三月下旬には頭部外傷を訴えて通院しており、他方原告の精神分裂病の疑いないし精神分裂性反応は本件事故と相当因果関係があるものとみることはできないものであるところ、〈証拠〉によれば、原告代理人のA弁護士は昭和四四年二月二〇日被告森孫に対し保有者としての損害賠償を請求していることが認められる。

右の事実によれば、原告の被告森に対する本件事故による損害賠償請求権が存したとしても、その時効は遅くとも昭和四四年三月下旬から進行することとなるが、本件訴の提起が昭和四七年五月二九日であることは本件記録上明らかであり、その間時効完成を妨げる事由があつたことの主張、立証はないので、原告の被告森孫に対する請求権は既に時効により消滅した。

五よつて、被告らに対し損害金の支払を求める原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(大前和俊)

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